母の願い

【母の願い】
お姉ちゃん2人の下に生まれ育った男の子は気が強いか、大人しいかに分かれると聞いたことがありますが、間違いなく私の息子は気が強く、幼い頃から勝負事があると闘志を燃やす性格。
特に得意なスポーツの競技では勝敗に強い拘りを持ち、勝てば天国負ければ地獄、はっきりとした白黒思考を持った子どもでした。
小学生の頃、運動会のリレーで一位を走っていた息子のいるチームの児童に、バトンを落とすハプニングがあり負けてしまったことがありました。
家族で食べる楽しいお昼ごはんの時間、の筈でしたが、私が早朝から用意したお昼のお弁当を息子は一切口にすることはなく、一日中不貞腐れていたことも。
「2位はビリと同じ」と言い放ち1位でないと不貞腐れる。
周りの人の気持ちを考えることがなかなか出来ず、きつい言葉で人を傷つけてしまうこともありました。
小学校3年生から地域の野球チームに入団し、野球を始めた息子。
日々夢中で練習をしていましたが、小学校高学年、中学生となるにつれ、自分の得意なスポーツでも自分自身が思うような結果を出せないことが多くなってきた時に不機嫌を表に出してしまうことも増えていきました。
当然チームプレイの中でこういった態度は許されません。試合でもベンチ外になることも。
そのような経験から、その場では自分の不満な気持ちを表に出さないよう我慢できるようになってきましたが、その我慢の反動が家庭で大きく出るようになり、大抵は母親の私に向かってくる。
そんな日々が続いていました。
中学生時代はクラブチームのキャプテンとしてチームを引っ張っていく役を任されていましたが、彼なりに頑張ったと思っていても、キャプテンとしての結果や評価は、彼の求めるものにはならない。
練習から帰り、玄関前のアプローチでスパイクを洗いながら1人、涙を指で拭っている彼の姿を不意に見ることもありました。
どんどん心が折れていく彼の姿をみることは母親の私にとっても辛い時期でした。
そしてコロナの影響から学校も野球も休みが続く中、何かから逃げ出すかのように部屋に閉じ籠る事が多くなっていった息子。
私が声をかけても無視をしたり、攻撃的な態度をとることも多々あり、彼の側にいながら、私には彼を救うことも出来ず、ただ見守ることしか出来ませんでした。
そんな当時、大変お世話になった方がおります。
野球を始めた頃からずっと通い続けていたバッティングセンターのオーナーです。
何度も野球を辞めようかと迷う彼に対し、決して押しつけることはせず、行く度に色々な方法で「野球が好きだ」という気持ちを彼に思い出させてくれたのです。
そのオーナーの提案から、彼は地方の全寮制の高校で野球を続けていく選択をしました。
管内では注目される強豪高で勿論練習も厳しいですし、自宅での生活とは真逆と言っても過言ではない寮生活を迷いながらも選んだ息子。
入寮の日、息子を送り出した時の私はホッとする思いと、途轍もなく切ない気持ちが入り交じっていました。
厳しい寮生活をすることに覚悟が持てず、とても迷っていた彼に対し、これが息子にとっては大切な経験になると思い、自宅から通える札幌の高校を敢えて進めなかった私。
この考えが最善だと思い込み、自分から息子を育てることを放棄してしまったのではないかという気持ちが湧いては、時折私の心を苦しめました。
高校1年の春、北海道はまだ雪もあちらこちらに残っています。
寒さでどす黒い顔になりながら、長い時間グランドで練習している子ども達の中、息子も必死で日々の生活を送っているようでした。
そうして1年は過ぎ、後輩が入学してくる頃には、細かった息子の身体もすっかり逞しく変わり、顔つきも随分と大人らしくなりました。
自信の表情をみせる息子を見て、私は漸くこれで良かったと思うようになりました。
先日、2年生が初めてメインで出場する秋の選抜高校野球大会予選がありました。
希望を持ち、日々の辛い練習に耐えてきた子ども達。
1回戦、道内ベスト4のチームと対戦することに。
1回目から点を入れられ2回、3回と更に一点ずつとられていく中、息子の学校はヒットが出せず苦戦しておりました。
それでも4回目から盛り返し、少しずつ追いつきます。
しかしまた点をとられ、秋の大会予選は1回戦で終わってしまいました。
残酷な結果を受け止めなければならない子ども達の心中を思うと、とても切ない。
期待に応えられず一本のヒットも打てなかった負けず嫌いの息子は、今どんな気持ちでいるだろう。
そしてこれから自分をどう受け止めていくのだろう。
そう思いながら私は帰宅しました。
寮生活を始めてから殆ど電話をしてくることの無かった息子から、その晩突然の電話がありました。
何を話すのだろうと内心緊張が走る私に、息子が始めに伝えた言葉は「ごめんなさい」でした。
ほんの2、3分の会話をした後、
「ありがとう。明日からまた頑張るよ」
そう言って、息子は電話を切りました。
思い通りに行かず不貞腐れていた息子。
その息子が今、自分の気持ちよりも先に親の気持ちを考えている。
何度も辞めようかと迷いながら続けてきた野球。
迷って決めた寮生活。
そのプロセスの中で息子は沢山の人に支えられ、励まされ、叱られ、そして沢山の愛を受けているのだと、この晩私は温かい気持ちに満たされたのでした。
勝負の世界では、どちらに転がっても前に進むことには変わらない。
どちらとも道があることには変わりがないけれど、負けた方は茨の道を進むことになるのかもしれません。
しかしその道を歩き続けることをやめないと決めた時、志は更に強くなっているのかもしれない。
そう願う母親でした。