父と兄

桜の木

【父と兄】

カウンセリングを学び始めてから、幼い頃の環境が現在の思考に大きな影響を与えていることを実感しつつ、もしかすると自分自身の深掘りが疎かになっているのではないかと考えながら、昨日は自身を深掘りする時間を頂きました。

今回は私の育った環境を含め、現在の私に大きく影響を与えているであろう、父と長男である兄の関係性について書かせて頂こうと思います。

私には3歳ずつ歳の離れた兄が2人おります。
忙しく働く両親は、私が幼い頃から家に居ないことも多く、小学生の頃は兄達と3人、よく一緒に過ごしておりました。

当時住んでいた家は山が直ぐ近くにあったので、遊びといえば家の裏にあった森で遊んだり、雨の日は家の中で兄と一緒にプラモデルを作ったり(私はもっぱらプラモデルの縁の部分を取る作業でしたが)、かくれんぼをしたり、オセロのコマを投げ合って戦いをしたり、今振り返るとかなり危ないことも多く、親が見ていたらこっぴどく叱られていたと思います(笑)。

幼い女の子の遊びとしては少しヘビーな遊びでしたが、一見つまらないと思えるような遊びでも、何故か兄と一緒にいると私は何時もワクワクしていました。

兄は何事にも徹底してやり切るタイプの人で、プラモデルではガンダムシリーズから始まり、戦艦を作る事にも夢中になっておりました。

緻密に塗られた塗装の上から細くヤスリをかけリアルに表現したり、2ミリ程のパーツを全て美しく並べたり、更にそのプラモデルの物語や、時代の背景についてもかなり深い知識を持っており、完成したプラモデルを見ながら壮大なストーリーを語る兄の話しを聴くのが大好きでした。

こういった兄の特性はもしかすると父譲りだったと思うことも。

経済や社会学、歴史の書籍は父の愛読書は本棚に入りきれないほどありましたし、靴や、ゴルフ道具を細かい溝まで磨き上げたり、また父は包丁研ぎの達人でした。

森での遊びも、家での遊びもその中には兄が考えたルールがありました。

例えば森の近くにあった大きな栗の木に登る時は先ず始めに兄が登り、次男の兄はその次、私に至ってはこれ以上登っては行けない地点まで決められていたり(猿山みたい笑)。

友達を呼んでオセロのコマの投げ合いをする時も、投げてはいけない場所を定めたり、相手が前を向いている時は投げてはいけなかったりと、細かなルールが沢山ありました。

そして兄は何時も自分なりの戦略を立てるのが好きでした。
私には兄の考え抜いた戦略が、良いものなのかどうか、正直分かりませんでしたが、頭の良い兄のことだから恐らく間違いないのだろう…と、兄に従っていることが自分にとっての最善策だと考えていたのです。

たまに反論するとそれでやってみよう、ということになるのですが、遊びが楽しくなくなることも多々あり、やはり兄の考えたルールに戻ることもしばしばでした。

自分一人の力で足りないことは、誰かと一緒に力を合わせて事を成し遂げたいと考える今の私の思考には、このような背景があるのかもしれません。

また兄は自分から親に志願して地域の野球チームに入り、高学年の頃にはチームのキャプテンをするようになりました。

殆ど叱られることの無かった私から見ると、父は兄にとても厳しい人でした。
特に兄が自分からやりたいと言い出した野球に関しては、練習から帰った兄が疲れて玄関で休んでいる時ですら、道具を片付けていないことで厳しく叱ったりと、私は兄をとても可哀想に思っていました。

しかし当時、会社の建材部で働いていた父は、グランドの土を寄付したり、忙しい中試合に行けない日も前日の夜や、早朝に兄を連れてグランド整備をしに行ったりと、思えば懸命に兄を応援していたのだと思います。

次男の兄と2人でいることの増えた私は長男の兄が居ない間、よく喧嘩をしていました。

野球の練習から帰った長男の兄はその度に喧嘩を治めなければならず、大変だったと思います。

ある時、またもや次男の兄と私が喧嘩をしていた時に、父が帰宅しました。

長男の兄は内心、次男の兄と私が父から叱られることを期待していた様です(後の兄の話し)。

ところが父は喧嘩していた次男の兄と私を叱ることはせず、長男の兄を見ながら「〇〇がちゃんとまとめていないのが悪い」と、長男の兄を厳しく叱ったのです。

兄が父に歯向かうことはありませんでしたが、私はその時驚いている兄の顔を見ながら、幼いながらに長男の兄に対して申し訳ない気持ちになったことを覚えています。

多分次男の兄も同じ気持ちだったのでしょう。

それからは長男の兄の前で喧嘩をすることがなくなりました(兄のいないところでは喧嘩しましたが)。

こういった経験も私の道徳観に大きな影響を与えているのだと思います。

思春期の兄はしっかり父に歯向かうようになり、なかなか大変な時もありましたが、成人してからも父と兄はお酒を交わしながら夜な夜な熱く語り合っておりました。

成長と共に私達兄妹は其々の時間を持つようになり現在は離れて暮らす中、今では7月の父の命日に顔を合わせるくらいとなりました。

1年に一度会う兄達からは毎回私のじゃじゃ馬振りを語られますが、今となっては良い思い出です(笑)。

父に叱られることの多かった長男の兄ですが、起業し現在は多くの人を束ねて仕事をしています。
「父さんならどうするかな」
「父さんなら何と言うかな」
と、心に呟きながら時折亡き父とお酒を酌み交わしているようです。

この歳になって、そんな兄から見た父の姿を聴く時間は、私にとって年に一度の楽しみの一つになっています。

こうして自分の過去の背景が、現在の自分の思考に大きな影響を与えていることは知られるところですが、「今、ここ」の自分と「過去の背景や経験」を言語化し、更に伝えてみる。

是非過去と現在の自分をしっかりと見つめられて下さい。

きっと、これまで気がつかない自身の発見や、自分だけの愛する人生ストーリーが見えてくることでしょう!

カウンセリングもさせて頂きます(宣伝です)笑。

画像プレビュー桜の木